1965~1972 Trio'65

Trio’65 由緒正しいペラジャケ日本グラモフォン盤で聴く

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トリオ’65
LP:SMV-1035 (VERVE)[JPN]

好み ★★★★★★★★★★

Recorded at New York;February 3.1965

BILL EVANS,piano
CHUCK ISRAELS,bass
LARRY BUNKER,drums

Produced by Creed Taylor
Recording Engineer,Rudy Van Gelder
Director of Engineering,Val Valentin

SIDE1
1.Israel
2.Elsa
3.'Round Midnight
4.Our Love is Here to Stay

SIDE2
1.How My Heart Sings
2.Who Can I Turn To?
3.Come Rain or Come Shine
4.If You Could See Me Now

Side1:〄SMV-1035A Ⓝ 61709A-1 J 15/2
Side2:SMV-1035B Ⓝ 60710A-1 J 5/4

日本グラモフォン発売のペラジャケ日本盤です。
唐突ですが、世界の3大レコード会社の歴史から。

【CBSの歴史】
1878年 トーマス・エジソンが「フォノグラフ(Phonograph)」の特許取得
      この機械を商品化するために「エジソン・スピーキング・フォノグラフ社」を設立
1887年 エミール・ベルリーナがディスク方式の「グラモフォン」を開発
1888年 J・リビンコットがエジソンの開発したシリンダー型蓄音機フォノグラフのリース会社「ノース・アメリカン・フォノグラフ社」を設立
      ワシントンDCを担当す販売会社が「コロムビア・フォノグラフ社」(ワシントンDCの"DC"はDistrict of Columbiaの略)
1894年 「ノース・アメリカン・フォノグラフ社」倒産
1902年 「コロムビア・フォノグラフ社」は「グラモフォン」の販売権も獲得
      「コロムビア・フォノグラフ社」は「アメリカン・グラモフォン社」を合併して「コロムビア・グラモフォン社」に統合
1922年 イギリスに進出したコロンビアはアメリカから独立
一方、アメリカ・コロムビアは放送局であるCBSを傘下に入れメジャーとなる

【グラモフォンの歴史】
1895年 フィラデルフィアに「ベルリーナ・グラモフォン社」を設立
1897年 ロンドンに「ヨーロッパ・グラモフォン社」を設立
ドイツ・ハノーバーにレコード・プレス工場を建設(!)・・・初のCD製造工場もハノーバー!
1931年 グラモフォン社が英国コロムビア社と合併

【ビクターの歴史】
1899年 ベルリーナ・グラモフォン社のエルドリッジ・ジョンソンが独立
1901年 ジョンソンが「ビクター・トーキング・マシン社」を設立
1903年 エンリコ・カルーゾの歌劇「道化師」が大ヒット
1926年 ジョンソンが「ビクター」を売却、RCA社の傘下に

はい、
ということで、3大レコード会社を大まかに見ると、
エジソンまで遡る「コロムビア」
平面ディスク盤の元祖「グラモフォン」
「グラモフォン」から派生した「ビクター」

ここまでは生明俊雄 著『二〇世紀日本レコード産業史』からの受け売りでした。
この本、日本のレコード産業の特異性を分析していて、面白い!
二〇世紀日本レコード産業史: グローバル企業の進攻と市場の発展

では日本グラモフォンは?
1903年 英国グラモフォンのフレッド・ガイスバーグが来日、世界で初めて日本の音楽を録音して帰国
1926年 ドイツ・グラモフォン社の輸入業者だった「阿南商會」がグラモフォンからレコード製造の許可を得る
1927年 「株式会社日本ポリドール蓄音機商會」設立
      その後「大東亜蓄音機株式會社」「ポリドール蓄音機株式会社」「日本ポリドール株式会社」に社名変更
1956年 「日本グラモフォン」に改組
1971年11月 「ポリドール株式会社」に社名変更

日本グラモフォンは由緒あるレコード会社だったんですね。

っで、
このペラジャケ日本グラモフォン盤、発売は1965年です。
オリジナル盤とほぼ同時期に発売。

左ベース、右ドラム、中央ピアノ。
CDに慣れてしまった耳でも、この音には迫力があって大満足!
「エルザ」のアナログらしい響き、ゾクゾクします。
他にも、お馴染みの曲ばかり並んでいて、かつ「作品」として練り上げられていて、大好きなアルバムのひとつ。

-1965~1972, Trio'65
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